
うなぎといえば、香ばしい蒲焼やうな重を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
日本では昔から親しまれてきた身近な魚ですが、実はその生態には、まだあまり知られていないことがたくさんあります。
うなぎはどこで生まれ、どのように日本までやってくるのか。川で暮らすイメージが強い一方で、海で過ごすうなぎもいることが分かっています。
また、私たちが普段口にしているニホンウナギだけでなく、世界にはさまざまな種類のうなぎが生息しています。さらに、日本のうなぎ養殖には静岡が深く関わってきた歴史もあります。普段何気なく食べているうなぎですが、その一生や生息環境、養殖の歴史を知ると、意外な発見がたくさんあります。
うなぎ博士今回は、うなぎの種類や生態、シラスウナギ、資源を取り巻く環境、そして日本のうなぎ養殖の歴史まで、うなぎの基礎知識をわかりやすくご紹介します。
うなぎはどんな魚?


うなぎは、ウナギ目に分類され、ウツボやアナゴ、ハモ等と同じグループです。
いわゆる「うなぎ」の仲間は、世界に17種類がいます。
うなぎは海で産卵し、海流に乗って各地へ広がり、その一部は川を上って生活します。
これまでの研究では、寒くなると川を下って海で過ごし、温かくなると再び川に入る個体や、一生を海で過ごす個体も数多くいることがわかっています。



千葉県の木更津などでは、干潟でうなぎ漁が行われています。
日本に生息するうなぎ
日本に生息するうなぎは「ニホンウナギ」という種類で、台湾・中国・朝鮮半島に分布しています。
また、沖縄や黒潮の影響が強い地域には熱帯性のオオウナギも生息しています。
オオウナギは、日本の冬の寒さを乗り越えることが出来ず、以前は「死滅回遊魚」として考えられていました。
死滅回遊魚とは、暖かい海にすむ魚が海流に乗って北上し、本来の生息域より北の海域までやってきたものの、冬の低水温に耐えられず越冬できない魚のことです。



最近は生活排水や工場排水によって河川の水温が上がり、関東地区でもオオウナギが捕まることがあります。
シラスウナギはどのように日本へやってくる?
ニホンウナギの稚魚である「シラスウナギ」は、12月~4月頃に日本沿岸へやってきます。
冬場は、川の水温が10℃以下になるのに対し、海はそれよりも暖かく、黒潮本流では25℃前後、沿岸でも15℃前後になります。河川の水温が上がって海との温度差が小さくなることで、シラスウナギが川を見つけることができなくなるといわれています。



シラスウナギの漁獲量も、雨が降った日や、雪が降って冷たい水が河川に流れ込むと、漁獲が好調になることがよくあります。
ニホンウナギを取り巻く環境
近年、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されています。
その原因として、稚魚であるシラスウナギの乱獲が挙げられることがありますが、それだけが原因ではありません。
もし、すべてのシラスウナギが成魚まで育ったら、世の中はうなぎだらけになってしまいます。
自然の摂理として、1組の親うなぎから生まれたうなぎのうち、次の世代まで育つのはごく一部です。それ以外は、成長する途中でほかの生物に食べられたり、エサが足りなかったりして、生き残ることができません。
その減少については、稚魚であるシラスウナギの乱獲だけが原因とはいえず、うなぎが成長するための生息環境の変化など、さまざまな要因が関係していると考えられています。
自然界では、生まれたすべてのうなぎが成魚まで育つわけではありません。成長する過程でほかの生物に食べられたり、十分な餌を得られなかったりするなど、多くの個体が自然に淘汰されます。
うなぎ養殖の意義のひとつは、こうした自然界では生き残れない可能性のある資源を、人の手で育てて有効利用することにあります。
もちろん、シラスウナギをすべて採ってしまえば話は別です。そうならないように、漁獲方法や禁漁期間、保護区域などが設定されています。
そして、もうひとつ大きな問題として考えたいのが、うなぎが育つ環境そのものが減ってしまった(無くなってしまった)ことです。
治水を目的として多くの河川で護岸改修が進み、ダムや水門、堰などが設置されたことで、魚が自由に移動できない河川も増えました。
一方で、うなぎは必ずしも川だけで育つ魚ではありません。
全国の沿岸にある定置網に入った親うなぎを調査すると、およそ8割が、一度も川に入らず海で育った「海育ち」だったという調査結果も発表されています。川だけでなく海も含めて、うなぎがどのような環境で成長しているのか、現在もさまざまな研究が続けられています。



シラスウナギの資源管理はもちろん大切ですが、それと同時に、うなぎが自然の中で育っていける川や海の環境を守っていくことも重要なのです。
うなぎの養殖はどのように行われる?
うなぎの養殖は、シラスウナギを捕まえて、専用の養殖池で育てるところから始まります。
日本のうなぎ養殖は、1900年頃に静岡県の浜名湖地域で始まりました。
その後、養殖は静岡県内の各地へ広がっていき、かつては「うなぎといえば静岡」といわれるほど、一大産業へと発展しました。
なぜ静岡でうなぎの養殖が盛んになったのでしょうか。
まず、静岡には良質な水が豊富にありました。
さらに当時は、うなぎのエサとなるアジ・イワシ・サバなどの小魚もたくさん獲れました。
そしてもうひとつ、関東と関西という大きな消費地のちょうど間に位置していたことも、静岡でうなぎ養殖が発展した理由のひとつです。うなぎの養殖に適した条件が揃っていたからです。
ところが1970年代頃になると、沿岸漁業の漁獲量が全国的に減少し、それまでエサとして使っていた小魚が手に入りにくくなってきました。そこで、小魚に代わるものとして、乾燥魚粉を使った配合飼料が開発されます。
同じ頃、養殖池をビニールハウスで覆い、冬場にはボイラーを使って水温を温める養殖方法が始まります。
うなぎは本来、冬になるとほとんどエサを食べず、じっとして過ごします。
ところが、水を温めて暖かい環境をつくってあげると、冬でもエサを食べることがわかりました。そうすると、これまでより早くうなぎを育てることができ、養殖期間を短縮することができます。
さらに、トラックによる物流が発達したことで、エサや資材を運びやすくなり、静岡以外の地域でもうなぎを養殖できるようになっていきました。
こうして、静岡から始まったうなぎ養殖は全国へ広がり、現在では特に温暖な九州地方でも盛んに行われています。



うなぎは、まだまだ分からないことの多い、とても不思議な魚なんです。
食べるだけでなく、その生態や歴史にもぜひ注目してみてくださいね。
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